睦沢町・ちょっと異色のタウン誌「MUTSUZAWA JOURNAL」。

こんにちは。船橋市でローカルニュースの編集という仕事を立ち上げたやまけんです。
カフェ経営やキッチンカー運営などを通じて人が関わっていく拠点(場)を運営する事。情報発信によってそうした場を人に知らせていくことなどを手掛けています。

今回は、睦沢町のローカル誌「MUTSUZAWA JOURNAL」を発行している西田雅人さんにお話を伺ってきました。

優しい表情で楽しい話を聞かせてくれた西田さん

西田さんを訪ねたきっかけは、「MUTSUZAWA JOUNALVOL.3ボクの選んだむつざわ魅力62選」。たまたま家族旅行で出かけた先で手に入れて、「こんな雑誌があるんだぁ~」ってずっと気になっていたものです。

「VOL.3ボクの選んだむつざわ魅力62選」を最初に手に入れた

「MUTSUZAWA JOURNAL」の発行は、睦沢町。ふるさと納税の返礼品に同封するための冊子として制作されることになり、企画や編集(インタビュー、取材、写真撮影)の部分を西田さんとその仲間たちで組織する「なみわい企業組合」が手掛けたのだという。

「町とか行政が発行するPR雑誌って堅苦しくなりがち。そのため、発行元を『睦沢町』にしないで『GO!BO!SO MEDIACOMPANY』にしたんです」と西田さん。

「この町にはこんな変わったことする奴らがいるんだ」って感じさせたかったからなんだとか。

実は、僕が入手したMUTSUZAWA JOURNALは3号目。上記の写真に一緒に写っている「米と人と相棒と」というタイトルのちょっとファンキーな香りがする冊子が「できたばかり」という4号目なんです。

せっかくなので1号目と2号目も見せて頂きました。

1号目と2号目はタブロイドサイズ

1号目は、「アイ ラブ 軽トラ」、2号目は「むつざわ人生物語」というタイトル。

「アイ ラブ 軽トラ」 では、睦沢町の生活に欠かすことのできない「軽トラ」にフューチャー。サブタイトルに「みんなの相棒」とつくくらい「軽トラ」は睦沢ライフには欠かせない存在だ。

「軽トラは田舎のアイコン」と西田さんが言うように、田舎町にはどこにでも軽トラックが走っている。しかし、未だかつて町のPR誌が軽トラのある生活に焦点をあてたことがあるだろうか!

1号目で見開き記事として紹介されているのは、睦沢在住のエンジンマニア・宮嵜秋德さん。

所有する複数の車やバイク…だけに留まらず、エンジン好きが高じて「長生郡市石油発動機愛好会」という古い発動機を修理して蘇らせている活動などにもふれている。

中でも…秋德さんの亡くなったお兄さんがお父さんから受け継いだという古い軽トラのくだり…

「何十年も止まったままのエンジンを秋德さんが蘇らせ、公道を走れるようになるのか?」と読んでいるこちらも引き込まれ、結果が気になってしまう。(2号目に古い軽トラ修理の続報も掲載している)

2号目の「むつざわ人生物語」で紹介するのは、雑貨屋さんというのか、なんでも屋さんの「神崎」さん。上市場という睦沢町の中心地(!?)にあるお店らしいのだが、文具から女性衣料、方位磁石にサイコロ…演歌のカセットとなんでもおいているお店なのだとか。僕もこの記事を読んで実際に「神崎」に行ってみたくなったくらいです。

むつざわの生活を一部垣間見たようなこのタウン誌。1号目の秋徳さんを読んでしまうと2号目がほしくなります。2号目で神崎さんを知ると実際に行きたくなります。睦沢町を知らず知らずのうちに魅力的な場所としPRするこのMUTSUZAWA JOURNALは各5000部発行、いずれも「想定外」の人気になったそうです。

しかし、こうした人や人生にフォーカスした尖った編集から一転、3号目は睦沢町の魅力をたくさん紹介する 「MUTSUZAWA JOUNALVOL.3ボクの選んだむつざわ魅力62選」 の形に方向転換します。

しかし!この3号目、広く浅く睦沢町を紹介しているかと思いきや…かなりチャレンジングな内容。
(何しろ、僕が最初に手に取ったMUTSUZAWA JOURNALはこの3号目でしたから…)

ラジオ クラブナイリク??

房総半島の町を紹介する雑誌なので農産物やその町の産品が登場するのは想定内。
今堰(いまぜき)という農業用水池を取り囲む別荘地の湖畔をイメージさせる自然豊かな散策コースや、癒し顔の「むつざわヤギ牧場のヤギ」、睦沢町のランドマークとして「公民館横のガスタンク」。廃校になった瑞沢小学校活用の宿泊合宿施設「kitみずさわ」など幅広いジャンルを「むつざわ62選」として取り上げています。

いずれにしても、睦沢町の自然とそこに暮らす豊かな生活を余りあるほどに感じさせてくれます。

期待の4号目、コンバインのカタログ!?

そして、まだ発行されたばかりという4号目。

「睦沢町と関わるようになり、睦沢の米を食するようになり、このうまい米を紹介したいという思いからテーマに選びました」と西田さん。

睦沢町のふるさと納税でも人気商品だという「米」。

「通り一遍に米と生産者さんを紹介してもつまらないので、生産者さんの頼れる相棒である農業用機械を切り口に紹介したんです。子供にも大人気で、大きくって力持ちでヒーローのような存在。そういった意味から、都会ではお目見えできない『田舎のスーパーカー』だと思ったんです」と振り返る。

スーパーカー!色も赤が多いし…デザインも格好良い。ある意味で男心をくすぐられます。数百万~千万円を超えるコンバイン。米がどんなに美味くても睦沢町は「あの米処の…」とはならない。ということで、農家の相棒トラクターやコンバインに焦点をあててストーリーを切り出してきたのです。

人と米と相棒の絆が作った米…丹精込めて作ったその米の味を確かめてみたくなる4号目が「MUTSUZAWA JOURNALむつざわ物語 人と米と相棒と」だったのです。

皆さんも睦沢町にやってきたらぜひMUTSUZAWA JOURNALを手に取ってみてください。

なみわい企業組合

MUTSUZAWA JOURNALを手掛けたという「なみあい企業組合」どんな組織なのでしょう。クリエイターの移住者4人がそれぞれの持っている力を相互に活かしてい為に組織されたデザイン会社で、設立は2016年。

グラフィック、WEB、写真…「デザインの力で街を良くしよう」をスローガンに掲げて設立されたのだとか。

この組織の中で卒業アルバム制作も取り扱い、なみわい企業組合の実力が隣町の睦沢町まで鳴り響いたのか…2017年に睦沢町から「ふるさと納税の返礼品と一緒に、町をPRする冊子を作りたい」という依頼を受け「MUTSUZAWA JOURNAL」が誕生したのだという。

九十九里エリア移住者の先駆け西田さん

西田さんは、大阪ミナミの出身。
アパレル業界の出身でプレタポルテという高級婦人服のパターンナーとして第一線で活躍していた方なんです。

1998年頃に写真家・浅井慎平さんの千倉の自宅と暮らしを紹介したテレビを見て「いつか房総半島に暮らそう」と漠然とした思いを持ったそうです。

今でこそ、一宮はサーフィンの町として知られ多くの若者が波を求めて移住してきます。しかし、この頃にはそんな情報は探してもまだ数少ない…

その後、「海辺に暮らす」を特集した雑誌で一宮を知り本格的に移住を考えるように。

そうは言っても、知り合いもいない一宮。1年半くらい時間をかけて週末に一宮に通い詰め現地を知り、土地探しを並行したそうです。まだ東京に仕事の拠点があるため、通勤事情は必須課題。しかし外房線の始発が一宮であることが、移住を決断した理由のひとつで2017年に移住したという。

一宮での暮らしを記録していこうとカメラの練習がてらにブログ「ソトボ日誌」を開設。写真を交え、一宮での生活を記録し発信するようになったという。

2010年には「ソトボ日誌」読者から依頼を受けて結婚式の撮影を経験。その後「写真館ソトボ日誌」ホームページを開設、写真撮影と手作りアルバムの制作を手掛けるように。

東日本大震災など紆余曲折あったものの卒業アルバム制作の依頼を受けるようになる。現在は七五三、成人式、入園入学、卒業卒園や家族写真など人物撮影の仕事を自宅兼アトリエ「SEA SIDE PAGE」や出張撮影などで受けているという。

MUTSUZAWA JOURNAL

1号目~4号目までの間に体裁が変わっているMUTSUZAWA JOURNAL

名称:MUTSUZAWA JOURNAL
住所:睦沢町
発行人:GO!BO!SO MEDIACOMPANY
発行部数:各5000部
※4号目で発行を休止


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