東日本大震災から10年、マイナスから始まった十三浜のワカメ・昆布漁師のチャレンジ。

宮城県石巻市北上町十三浜 わかめ・昆布漁師 阿部勝太さん

宮城県石巻市にある50世帯の港町「十三浜」

宮城県北東部漁業の街・石巻市。その中心市街地から車を走らせ北上川の河口域を経て、リアス式の海岸線に沿って車を走らせる。市街地から約40分で「十三浜」に到着する。この小さな漁港を拠点に国内トップレベルの品質をほこるという昆布やワカメなどの海藻を収穫している漁師の阿部勝太さんに会ってきた。

漁師の長男として育った阿部さん

子どもの頃から親父さんの仕事を見て育ってきた阿部さん。「一度都会を見ておきたい」と、卒業後、大手企業に就職。仙台、東京、愛知と都会生活と会社員を経験。23歳で十三浜に戻ってくる。「俺の地元、こんなんだったけ?」都会と浜の間にある生活ギャップに改めて気が付かされたという。

父と同じ船に乗り込み早朝から働く。長時間の肉体労働、非効率な仕事…「こんなんで儲かるのか?」「これ、一生続けるのか?」商業高校を卒業し、大手企業での勤務を経験した阿部さんにとって疑問を感じながら働く日々が続く。浜に戻り2年が経とうとしていた頃、運命の日を迎えた。

家も船も加工所も全てが流された。港は、汚泥で覆われとても仕事ができる状況ではなかった。震災後しばらくは、復興作業に従事する土建業に就職、給料は良く、仕事はいくらでもあった。また、かつての仲間や上司からも「家族と一緒に愛知に戻ってこないか?」と、古巣から誘いも受けた。

震災で何もかもを無くしたこの浜に父母を残して自分たち家族だけが普通の生活をするなんてできない。「俺、漁師を継ぐよ」阿部さんは親父さんに気持ちを伝えた。

震災の復興と浜人(はまんど)設立

実は阿部家、震災直前に自宅のリフォームを済ませ借金の支払が始まったばかりだった。漁師を続けるためには船を買い、加工場も建てなければならない。

この頃、港の泥かきに船橋からやってきた飲食店経営者の梶真佐巳さん。「この状況の阿部さんが『これで俺たちのやりたい漁業ができる』と話してくれた。『なんて前向きな人なんだ!』と感心したのを覚えている」と当時を振り返る。

阿部さん一家には家も船も加工場も…何も残らなかった。

一方で十三浜には施設だけが残った家がある、船だけ助かった家もある。被害が少なくても後継者がいない家がある…ゼロではなくマイナスからのスタート、「一軒の漁師だけで解決できることじゃないのであれば」と、親父さん世代が浜の有志を集め法人を設立「浜人(はまんど)」が誕生した。

個人親方の集団がいきなりの会社経営。2年もすると浜人の経営は暗礁に乗り上げた。法人の借金は2億円に迫っていたという。このままだと借金の返済は法人メンバーで頭割りになる。とても返せる額じゃない…

阿部さんは必死の思いで現状を分析し、15年越しの返済計画を立てた。

当時、海藻の販売は全て市場に委ねており漁師には価格決定権がなかった。他産地や海外の海藻と比較され、思うように利益が出ない。「価格の決定権を持とう」と、自分たちの手で販路開拓する決意を固め、阿部さんが代表権を継承した。

幸いなことに十三浜の海藻は日本一との評判も高い品質、品評会でも幾度となく賞をとってきた。当時漁協を通じ1300円程度で販売されていた海藻類、「2000円で販売しよう」と、目標を掲げ直販ルートを開拓していった。

小規模・高品質にこだわった地方のスーパーとの取引

地方には規模こそ小さいが、地に根付いて優良な顧客層を抱えている高級・高品質なスーパーが存在する。そうした見る目のあるスーパーを確保していくにあたってきっかけを作ってくれたのは震災直後から、半年間通い続け港の汚泥をさらってくれた梶さんだった。前出の梶さんの紹介で船橋に本社を構える三陸ワカメの専門商社「リアス」とつながった。

リアス50周年の記念事業準備に立ち会う梶さん

同社は、震災で東北地方の仕入れ先漁師が大ダメージを受け、販売商品が仕入れられなくなってしまった事から経営危機を迎えていた。

生き残りをかけ社長の坂詰さん自らキャンピングカーで全国各地に販路を広げようと、南は九州から四国…と、全国各地を回って販路を開拓していた。阿部さんは、この社長について全国を回りスーパーの店頭にメガホンを持って立ち、十三浜の海藻を販売して回った。「浜人」を設立していたおかげで生産は父と仲間たちが浜で行い、営業と販売戦略を阿部さんが担当するようになっていった。震災から11年目、当初15年で返済する予定だった借金は来年完済するめどが立ったという。

「フィッシャーマン・ジャパン」の仲間たちには、震災前3億円の売上だった事業を15億円迄伸ばした漁師や、鮮度を保つ独自の方法を編み出し、高級割烹などに魚を卸すようにし大幅に利益率をあげた「大森式流通」大森式流通 (omorishiki.com)を全国に広めた事業者もいるという。

・課題にチャンスあり/漁業の担い手不足、震災、コロナ…

・何かを変えたい人にとっては大きなチャンス

・普段見えないものに気付くチャンス

「フィッシャーマン・ジャパン」の仲間たちには、震災前3億円の売上だった事業を15億円迄伸ばした銀鮭漁師や、鮮度を保つ独自の方法を編み出し、高級割烹などに魚を卸すようにし大幅に利益率をあげた「大森式流通」大森式流通 (omorishiki.com)を全国に広めた事業者も。

いずれも、震災前に当たり前だった市場出荷から独自に販路を開拓してきたことで発展を遂げていった漁師たちだ。

一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンの設立

復興に向かって事業を進めていく阿部さん、自社が抱える問題は自社だけでなく石巻市・宮城県の漁師も同じ、実は日本全国の一次産業事業者が抱える問題であることに気が付く。産業を守る、環境を守る、経済を守り人を育てるために仲間たちと「一般社団法人フィッシャーマン・ジャパン」を設立Fisherman japan|フィッシャーマン・ジャパン 公式サイト

「ハローワークや求人サイトに人材募集をかけても田舎の漁師の求人に見向きもされない」と、人材確保に目を付けた。水産業特化型の求人情報を集めた「トリトンジョブ」漁師・漁業・水産業の求人を探すなら – トリトンジョブ (fishermanjapan.com)を立ち上げた。

フィッシャーマン・ジャパンの活動は、漁業体験や空き家を使ったお試し移住、移住者への住宅提供などに広がった。活動はTVや各種のメディアにも採り上げられ、2015年には石巻市から「石巻市水産業担い手センター」事業の受託を受けるまでに。

行政主導で行ってきた事業では成果に結びつきづらかったものが、民間主導に切り替えしたことで何十人の漁業従事者を確保できるようになった。この活動は宮城県の目にもとまり2020年6月からは宮城県の「新規漁業就業者定着支援業務」も受託している。現在は、全国各地で20地域からオファーをもらいカーボンニュートラルなどの勉強会、海外の有力企業などからの視察も受け入れるなど活動が広がっている。

☆キーワード

・海藻の持つ環境浄化力

・資源貧国日本のエネルギー原子力から海上風力へ 日立製作所・新日鉄などとの連携

・鳥羽一郎さん「応援団長」

・オリンピックとアップサイクル

・取りこぼさない体制、営利事業は株式会社、行政案件は一般社団法人で

・十三浜の課題→漁師の課題…「食」という領域からははみ出さない

・自分たちでできる事、組んだ方が早い事

「よせてはかえす」「ごはんモンスター」の設立

「オイシックス」などの大手事業者と連携し、十三浜の海藻を使った「ふりかけ」を商品化。これまでの活動を通じで知り合った各地の加工施設と連携し次々と新しい商品を開発、販路に乗せていく仕組み「よせてはかえす」を設立。

さらに、デザイナー×フードデザイナーとのコラボで「ごはんモンスター」も設立。十三浜だけでなく仲間の産品を商品化するチームができたことで各方面の相談に対応できる仕組みが整った。

☆阿部さんの手掛ける事業

①浜人…水産業

②フィッシャーマン・ジャパン…一次産業ネットワーク

③よせてはかえす…全国の加工会社リスト

④ごはんモンスター…レシピ開発、広報など

有機JAS認証とASC認証の取得

国内でも高級・高品質路線のスーパーなどは「有機JAS」の取得食品に付加価値を感じてくれる事業者が増えてきたという。また、漁師側の基準を問う「ASC」も十三浜19軒の漁師で(浜には50軒の漁師がいる)グループ認証を受けたという。

食品の「トレーサビリティ」をデータ管理する為、収穫量、種付け時期やポイント、どんな種を使っているか?など細かい記録を残す膨大な手間がかかる。しかし、海外ではこうした管理は当たり前。「ASC」認証を受けている商品は通常よりも2割高く購入されるのだから手間をかける意味はある。「やる人が少ないことであればそれはチャンスにつながる。課題があればその分チャンスがあると考えています」今後は、加工場で「HACCAP(ハサップ)」取得にむけて動いている。

こうした認証を取得、維持するのには大きなコストもかかるが、その分、価値を感じてくれている事業者が評価してくれ、付加価値をもっての購入に結びついているという。

仙台空港と輸出組合

2015年仙台空港が民営空港になった。そのため、2017年には「東北・食文化輸出事業協同組合」が開設され組合参加15事業者の中に「フィッシャーマン・ジャパン」も参画した。

また、地域のスーパーなどと連携しPB商品の提案なども開始。競合しないスーパー3社で組合を作ってもらいスーパーが望んでいる商品をPB商品として製品化・製造する取り組みも。販売先が求めている商品なのでリスクが少なく安定して成長している。

広域連携と組織作り

フィッシャーマン・ジャパンは、共通の課題に対して、「みんなでやろう」と呼びかけたことから始まった。

震災直後、石巻にYahoo!の現地事務所が開設されITの持つ力で復興を支援しようと、市内をくまなく回っていった。漁師たちを訪問する中で「みんなが同じ課題を感じているのになぜ連携しないのだろう」と感じた長谷川さん、阿部さんと出会い、「なければ自分たちで作ろう」と一般社団法人フィッシャーマン・ジャパンが立ち上がった。

水産業を持続可能にするために、人、環境、経済を考え、「格好良くて」「稼げて」「革新的な」事業に変えていこうと掲げる。日々地道な作業をコツコツやるだけでなく、アパレルブランドなどと組んで格好良いカッパを開発。APバンクと組みライブ会場で浜焼きをするなど目先を変えた漁師の取り組みに若い世代が興味を持った。

「漁業者だけじゃ新しい知恵は生まれない、若手だけで盛り上がっていてもダメ」阿部さんたちは常々考えていた。そんな時、新曲のPV撮影で繋がった歌手の鳥羽一郎さんに「応援団長」就任を依頼しもらい年配者の漁師と橋渡しに一役買ってもらった。一緒に写真を撮影し、「若い人らと一緒にやっていこう」といった趣旨のメッセージをもらった。憧れの歌手の言葉に普段気難しい親父さん世代が心を開いてくれたこともある。漁業を持続可能でより良いものにするために色んな人や団体と組んでいる。

「地方の漁業は閉鎖的で新しい変化を嫌う傾向がある。『漁業を変えよう』と、せっかく立ち上がった人が地域で孤立するのは良くない。広域連携し、情報を共有し、地域にチームが生まれそれぞれが連携する事で漁業は変わっていく」と阿部さんは力強い笑顔を見せた。

※記事の内容は取材日時点のものです。


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